vol.8

相手の立場に立って
自ら考え、行動できる
子どもを育てたい

陽の木さくら保育園
陽の木さくら保育園 園長 社会福祉法人陽の木会理事長 本間仁美(ほんま・ひとみ)さん

多感な時期に決意した「途上国支援」という理想

 家族旅行で訪れたタイで、その後の生き方に強い影響を受ける光景を目にしたという本間仁美さん。それは、人生でもっとも多感な時期とも言える高校3年生の夏のことだった。

長女を妊娠しているころ、アジア圏の広報担当者が一堂に会したワークショップに参加したときの写真。中央から少し左で青い服を着ているのが仁美さん。

「タイといえば、山田長政がアユタヤに渡った戦国時代のころから日本と交流があり、とても親しみのある国ですよね。ただ、30年以上前の話ですから当時のタイは貧しく、道端を裸足で歩いているような子どもを見かけて、ショックを受けました。さらにショックだったのは、その頭上に日本からの支援で建設した、真新しい高速道路が通っていて、ひっきりなしにクルマが走っている光景でした。生まれて初めて『開発途上国』の実態に触れたような気がして、そんな国を支援する仕事をしたいと強く思うようになりました」
 大学でタイ語を学んだ後、米国ミシガン大学大学院に進んで東南アジア地域を研究。帰国後は世界銀行の広報担当官となり、途上国支援事業のPR活動にたずさわった。

「世界銀行では7年ほど働きましたが、やはり支援を受ける国と直接的にかかわる仕事がしたいと思うようになり、民間の日系金融機関に転職して、タイ、インドネシア、カンボジアといった東南アジアの国々を対象にした、地球温暖化ガスの削減プロジェクトを推進する仕事に就いたんです。日本の環境技術が現地で役立っている現場を自分の目で確かめることができ、とても充実した日々でした」

途上国支援から、働くお母さんの支援へ

 そんな仁美さんに転機が訪れたのは、今から7年前のこと。第二子となる長男を身籠もったことがきっかけだった。
「それまで、海外と日本を行き来する忙しい日々でしたが、世界銀行から転職したころに生まれた長女の子育てをふり返ってみると、いろいろ反省点がありました。彼女は小学校受験をしたんですが、しっかりサポートしてあげられなかったなとか、私が家にいない間に寂しい思いをさせたんじゃないかって。そこで、二人目の長男のときにはそんな後悔をしたくないと考えて、『フルタイムのお母さん』になる決意をしたんです」
 それは、仕事が大好きだった仁美さんにとって一大決心だったが、子育てに専念してすぐ、あまりに極端な生活の変化に戸惑ってしまったという。

2017年4月に開園した「陽の木さくら保育園」の園舎。

「結局、長男が1歳半になったころに、仕事を再開することにしたんです。最初に就いたのが、赤十字国際委員会で紛争地域の人道支援事業をPRする広報担当官の仕事。ただ、子育てとの兼業なのでパート勤務でしたから、深く仕事にたずさわることができず、長く続きませんでした。長女1人だったころは私もまだ30代で、仕事と子育てを両立することに自信を持っていましたが、2人の子どもを持つ身になってみると、そんな自信は吹き飛んでいました。このとき、日本で『働くお母さん』になるのは本当に大変なんだなということをつくづく感じました」
 そんな仁美さんが、保育園事業に興味を持つようになるのは、当然のことだった。「途上国」の支援から、「日本の働くお母さん」の支援へと発想を転換したのだ。

園長1年生。やるべきことに邁進。

知り合いのツテをたどって、保育園を開園した経験者に教えをあおぎ、社会福祉法人の立ち上げ方や保育園の運営方法など、ゼロから学び始めた仁美さん。保育園の開園まで、3年もの年月を要したというが、実に目まぐるしい日々だったという。
「社会福祉法人の法人格を取得するには、たくさんの書類を作って提出しなければならず、思った以上に手間がかかりました。認可がおりた後は、すぐに開園の準備にかからねばならず、休む暇もないほどでした。スタッフの採用面接を始めたのは、まだ園舎もできあがっていない時期でしたので、保育園建設予定地近くのファミレスで当時5歳だった長男を横の席に座らせて行いました。無事、開園を迎えた日は、登園してくる園児や保護者のみなさんの元気な笑顔や、佐倉市の関係者の方々の挨拶に応対したことなど、断片的には覚えているんですが、そのほかの出来事はほとんど記憶にないくらいで(笑)」

スタッフには、子どもたちの発言をうながすため、どんな接し方をすればいいか常に議論されているという。

スタッフのほとんどは保育の経験者で、園長である仁美さんは経験1年目の保育の初心者である。気後れして、言いたいことを言えないということはないのだろうか?
「私の性格からして、そういうことはほとんどありません(笑)。むしろ、保育とは違う分野での仕事を経験し、自ら子育てをしている自分だからこそ、今の保育に何が求められているかを客観的に考えることができるのではないかと思っています。ですから、行事1つ企画するにも、『どこの保育園でもやっていることだから』と前例主義で行うのではなく、スタッフみんなと議論しながら、『その行事は子どもたちのためになるのか』、『保護者がその行事を通じてわが子の成長を実感できるものになるのか』といったことを考える場を設けています」
 2017年4月に開園した陽の木さくら保育園は、仁美さんのこうしたパワフルな推進力によって着実に歩みを始めている。

「働くお母さん」の支援が私のライフワーク


陽の木さくら保育園の特色は、子どもたちを対象にした英語クラスを設けていること。写真は外部講師を招いての「知育・英語クラス」のもの。また、英語ネイティブスピーカーのブルック先生によるヨガ教室「英語DEヨガ」も毎週水曜に開催され、好評だ。

仁美さんにとって、保育園事業の理念は、「相手の立場に立って自ら考え、判断・行動できる子どもを育てる」こと。実はこの理念は、仁美さん自身のこれまでの経験から生まれたものだという。
「日本人は世界の中でも内向き志向で、国際社会の舞台に立っても自由に発言できないというイメージを持たれている方が多いでしょう。特に英語という壁が、その克服をむずかしくしていると言われますね。ところが、私がこれまで参加した国際会議の場などでは、日本人がつたない英語を駆使してスピーチ中のジョークで会場を湧かせたり、答えが1つに集約されないむずかしい議論でも相手の利害と折り合う接点を探して合意を探ったりする、コミュニケーションの達人たちがたくさんいました。大事なのは語学そのものではなくて、相手の立場に立って自ら考えること、判断・行動することなんです」

答えが1つではないことは国際社会に限らず、日本社会のあらゆる場にも満ちている。やがて子どもたちがそんな社会に出ていくとき、保育園での経験が少しでも役に立てばいいと仁美さんは願っている。
 保育園の運営方法について、スタッフと議論しながら進めているのは、スタッフ自身に「相手の立場に立って自ら考える力」を身につけてもらうためでもある。最初は戸惑っていたスタッフもいたというが、少しずつ議論の場で自分の意見を述べ合う空気ができあがりつつあるという。
「先日、中学3年生の長女の担任の先生が『進路相談のとき、お子さんが保育園の園長になったお母さんのことを誇りに思っていると言っていましたよ』と私に伝えてくれたんです。夏休みには、ボランティアで園の仕事も手伝ってくれました。反抗期なのか、あまり本心を打ち明けてくれないと思っていたので、うれしかったですね。彼女にとって、私は『フルタイムのお母さん』ではなかったけれど、『働くお母さん』として評価してもらえたのかもしれません。これからも、私は『働くお母さん』の支援をライフワークにしていきたいと思っています」

「保育者ケア」を導入したワケ

2017年4月に開園して、6月に最初の個別面談をしたときに使ってみました。園長でありながら保育業界1年生の私にとっては、「なぜ保育の仕事に就いたのか?」というスタッフの方々の原点について、あらかじめ情報が得られたのはありがたかったですね。面談ではそのことから話を始められるため、お互い初心に帰って深い話をすることができました。今後は園長の私だけでなく、各クラスのリーダーが「保育者ケア」を活用することで、現場のマネジメント力がついていくことに期待しています。

陽の木さくら保育園
陽の木さくら保育園 園長 社会福祉法人陽の木会理事長 本間仁美(ほんま・ひとみ)さん

1994年、東京外国語大学タイ語学科卒業後、ミシガン大学大学院東南アジア地域研究科にて修士号取得。1998年より世界銀行や赤十字国際委員会にて延べ11年間にわたり広報担当官として勤務。日系金融機関では7年間、カーボンファイナンスに関するコンサルタントとして、東南アジア諸国におけるプロジェクト開発や調査を統括。2017年4月に陽の木さくら保育園を開園。園長および社会福祉法人陽の木会の理事長をつとめる。

使ってます!キッズリー
保育の勉強をしているとき、雑誌の記事でキッズリーのサービスを知り、開園したあかつきには是非とも導入しようと思っていました。私が自分の子どもを保育園に預けていたころ、連絡帳にコメントを書く暇がなくて「今日は元気です」みたいにひと言で済まして後ろめたい思いをしていましたので。保護者の方々には、園での写真を送れる機能が好評で、中には週末に過ごした場所でスマホで撮った写真を園に送ってくれる方もいらっしゃいます。月曜日に「昨日は楽しかったね」なんて、みんなで写真を見ながら保育士と園児たちとの会話もはずんで楽しい空間が生まれています。