vol.2

大人の視点ではなく
子どもの視点で
子育てを考えたい

社会福祉法人花園会 花園保育園ベビーホーム
理事長・園長 鈴木範雄(すずき・のりお)さん

命の絆をきっかけに開園させた初代園長の思い

花園保育園が京浜急行「花月園前」駅から歩いて3分という便利な場所にあるのは、ここが1921(大正10)年から布団の販売店を営んでいたから。現在、保育園があるのは、原綿を加工する工場が建っていた場所だという。

 

2001(平成13)年に完成した新園舎。隣には現園長の誘いで小児科医院が開業している

2001(平成13)年に完成した新園舎。隣には現園長の誘いで小児科医院が開業している

「初代園長は、私の母の鈴木朝子です。兄が病に倒れたことがそのきっかけでした。当時は今ほどに医療が進んでおらず、手術に必要な血液を新聞とラジオを通じて募らねばならなかったそうですが、そのとき『いつでも駆けつけて献血します』というハガキがたくさん送られてきたといいます。兄は残念ながら亡くなってしまいましたが、母はそのときの恩返しをするために保育園をスタートさせたのです」 それが1968(昭和43)年のこと。無認可での開園だったが、4年後に認可がおりて定員80名に。範雄さんが次期園長候補として働きはじめた1976(昭和51)年には定員が110名になり、高度経済成長に湧く日本の“働くお母さん”を支援し続けてきた。

 

 

 

まもなく創立50周年。その歴史がたくさんの絆を生み出す

園長や保育士が数年ごとに異動する公立の保育園と違い、私立の花園保育園には初代から現在に至る歴史がそのままの形で引き継がれているのが大きな特色だ。

「先日、『孫を花園保育園に入園させたい』という卒園児から電話かかってきました。最初は思い出せなかったんですが、『おっくん』という名前を聞いてすぐに記憶がよみがえりました。すべり台の階段を登るとき、前の子のふくらはぎに噛みついて泣かせていた手のかかる子です。当時私は大学生でしたが、子ども好きでしたから母の手伝いをする中、彼の相手をよくしていたんです。花園保育園では、2代、3代にわたって花園保育園の卒園児になるケースは珍しくありません」

 

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正門にはブドウに木が植えられていて、毎年9月には園児たちが収穫をして一緒に食べる

毎年7月に開催される「夏まつり」は、卒園児と親たちの同窓会。ヤキトリを焼いたり、申込み制でお酒を提供するほか、昔も今も園児たちに絶大な人気を誇る名物メニュー、ハヤシライスをみんなで味わう。 「花園保育園は2年後に創立50周年をむかえ、卒園児の人数もそろそろ1000人を超えます。ここに通った人たちの絆を守るという意味でも、保育園を移転したり、他の地域にいくつも保育園を作ろうと考えたことはありません」

 

 

 

保育には万人共通のセオリーはない

花園保育園の保育方針は、「ひとりひとりをたいせつに」。個々の家庭の状況を配慮した保育をするというだけでなく、子どもたちの個性を伸ばし、乳幼児期の体験をできるだけ心に残せるような保育を目指している。 「保育園に通っている時期の子どもたちには、『生まれて初めて』の体験が毎日のようにあります。昨日できなかったことが今日できるようになる、そんな掛け替えのないときを過ごしている子どもたちを大切に育てたい。そのためには、万人に共通する理論やセオリーは存在しません。保育には正解がないんです。ひとりひとりの子どもに向き合い、『ともに生きる』という姿勢が求められます」

 

ゴルフ場を貸切で行われる園外保育。子どもたちは芝に寝転んだり、斜面を滑り降りたり、思いきり体を動かす

ゴルフ場を貸切で行われる園外保育。子どもたちは芝に寝転んだり、斜面を滑り降りたり、思いきり体を動かす

例えば、つい先日もこんなことがあった。花園保育園ではクラスごとに定期的に園外保育が行われているが、運動会の練習で近所の地区センターのグラウンドに行った際、ダンゴムシをつかまえるのに夢中になった1人の園児が、「帰りたくない」と駄々をこねたのだ。 「その子にはダンゴムシを一匹だけ保育園に持ち帰ることにして帰ることになったんですが、帰り道で落としてしまったのか、そのダンゴムシがいなくなってしまったんです。途端に泣き出して、給食にも手をつけなくなってしまいました。そこで、『園長先生の家にはダンゴムシがたくさんいるから、明日連れてくるよ』と約束して、ようやく納得してもえました。私の自宅は鎌倉で、朝6時30分に園の鍵を開けるには暗いうちから家を出なければなりません。妻にも協力してもらい、懐中電灯を片手にダンゴムシを探しましたよ」 そんなエピソードを楽しそうに語る範雄さんは、「園長職は私の天職」だと語る。

 

 

行政にも積極的に発言する「闘う園長」

近年、待機児童の話題がニュースで頻繁に報じられ、社会問題になっている。横浜市は早い時期からこの問題への取り組みを始め、一定の成果を挙げているが、範雄さんは横浜市私立保育園園長会の会長としても市の方針に貢献した。 「ただ、行政の取り組みには納得のいかないことも多いです。私が個人的に感じるのは、行政の視点は『働く女性の活躍』や『就労支援』といった視点に偏っていて、『子どもをひとりひとり、大切に育てる』という視点が抜け落ちていることです」

 

公立、私立にかかわらず、多くの保育園では乳児クラスを「0歳児」と「1歳児」の2つに分けているが、花園保育園では「4~5月生まれの0歳児」と「1~3月生まれの1歳児」を真ん中のクラスに据え、それより小さい子と大きい子の3クラスに分けている。「本来、2クラスでよかったものを3クラスに増やせば、置くべき職員の数も増えるし、部屋の冷暖房機などのコストもかさみます。しかし、保育の現場にいる者なら、まだ歩くこともままならない子と、もうすぐ2歳になろうとする子との間には歴然とした成長の差があることがわかるはずなんですけどね」

 

誕生日会で披露されたバルーンアートショー。企画から運営まで保育士たちの手作りで毎月開催されている

誕生日会で披露されたバルーンアートショー。企画から運営まで保育士たちの手作りで毎月開催されている

認可を受けている保育園の園長は、自治体や国を批判することをはばかる風潮があるというが、そんなことはおかまいなし。「闘う園長」として積極的に発言している。 こうした園長のこだわりが、多くの親たちに支持され、かつての卒園児をはじめ、多くの人たちが「自分の子や孫を花園保育園に預けたい」と考える理由なのだろう。 「子育てというと、『どうやって仕事と両立させるか』とか、『どんな教育をするか』といった大人の視点で語られることが多いですが、私は『子どもにとって何が必要か』という子どもの視点が重要だと思っています。その考えは、これからもずっと変わらないでしょう」

社会福祉法人花園会 花園保育園ベビーホーム
理事長・園長 鈴木範雄(すずき・のりお)さん

1947年生まれ。東京都出身。大学卒業後、教育系出版社に入社し、営業職として働く。その後、母の薦めで児童自立支援施設の職員、多摩ニュータウンの新設保育園の職員を経て、花園保育園に。1990年に2代目園長に就任。2001年には新園舎が完成し、定員150名の保育園となる。2011年から社会福祉法人花園会の理事長を園長とともに兼任する。

使ってます!キッズリー
保護者の方々にアンケートをとったところ、スマホの利用率が98%だったので導入することにしました。主に使用しているのは「フォト」機能で、クラスごとにその日の出来事を撮影した写真を毎日アップしています。保護者の方々には評判がいいですが、ウチは40代以上の保育士が6人いますので、はじめのうちは「操作がむずかしい」という意見もありました。ただ、画面の大きなタブレットを貸し出ししてからは問題なく使いこなせるようになりました。「登降園管理」の機能もありがたいです。以前、有料のメール連絡網のサービスを利用していたこともありますが、それに負けない便利さです(副園長・鈴木拓さん)。